幸福論

日本人の幸福感が低い本当の理由

小鳥のさわやかなさえずりが聞こえる春の午後、スタンディングデスクで足がパンパンになっているShunです。

最近、めちゃくちゃ幸せについて考えている。それでいろいろ調べているんだけど日本の幸福度が低い本当の理由がわかった。日本人はそもそもあまり幸せを求めていないんだ笑。だって、ビジネスやお金、経済のことはいろいろ議論されているけど幸福感についてはほとんど話題にならない。

比較する日本人と貫くオーストラリア人

これは幸せについて調べているときに気がついたんだけど、SNSやブログでも幸福感について発信している人はめちゃくちゃ少ないんだ。むしろ、幸せがどうの~とかって言っている人はちょっと怪しいと思われていたりする笑。幸福の追求=宗教?みたいになってる。逆にビジネスでどれだけ成功した!やお金はこうやって儲ける!や経済の今後はこうだ!という情報は溢れているんだ。

つまり、日本人は他者と比較して目に見えるビジネス、お金、経済なんかにはすごく敏感だけど、比較できない幸せはあまり求めてない。

これはオーストラリアに1年間住んでいるときもめちゃくちゃ感じた。オーストラリア人は良くも悪くも自分を貫く。例えば、サーフィンをしたいからという理由で、夜勤しか働かない40代のおじさんや、とにかく遊びたいという理由で6ヶ月農家で働いて貯めたお金で残り6ヶ月を遊んで暮らす人もいる。挙句の果ては8年間旅している人もいる。彼は宿でお皿洗いのバイトをしながら世界中を旅していた笑。

日本でこんな生活は明らかに白い目で見られる笑。しかし、彼らはすごく生き生きしていたし、将来どうするの?と聞いても「Enjoy Yourself!」しか言わなかった。彼らは自分の幸せが何かをわかっていたし、だからこそ他人と比べてお金がないとかは気にしていなかった。今に集中し、やりたいことを大切にしていたんだ。

逆に日本は何をするにも世間体を気にする。だから、世間と比較できるお金やビジネスに拠り所を求める人が多いと思うんだ。自分の幸せを求めて好き勝手生きるよりも他人に認められることを生活の中心に置いている。要するに幸せを求めるよりも認められることを求めている

くれぐれも私は日本が悪いと言っているわけではない。オーストラリア人はほぼ世間体を気にしないから悪いことを平気でするヤツもいる。日本のように女性が夜に一人で出歩けるような最高レベルの治安はまずありえない。どっちが良いとか悪いとかで比べるのはナンセンスで、そんなのは自分で選ぶものだ。

そもそも日本は幸せだ

もう一つ私がいつも思うのは、日本人って明らかに幸福感が高いほうなのになぜ「幸福感が低い」と思っているのかってこと。日本の幸福度は世界156カ国の中で幸福度58位。良いじゃないか笑。中学校の成績たとえると156名中58番になる。240名中220番だった私からみると神様レベルだ。幸福度の要因別ランキングは以下の感じ。

  • 健康寿命2位
  • GDP24位
  • 腐敗のなさ39位
  • 自由度64位
  • 寛容さ92位

健康寿命やGDPについてはさすが日本!文句なしだ。腐敗のなさや自由度だって全体の半分より上の方だ。明らかにすごいし「日本人は幸福度が低い」と考えるのはおかしい笑。「日本人の幸福度は普通くらい」ならまだわかる。しかし、どう見ても低くはない。これはみんなが「低い」と見てしまっている、あるいは見せられてしまっているだけで本当は高いのだ。

幸せの要素はいくつかあるけど、結局は本人の主観的なものに過ぎない。だから、ぶっちゃけ私は健康寿命やGDPや腐敗のなさとか個人の幸せにはなんら関係ないと思っている笑。大切なのはデータでは高く出ているのにそれを低いと見てしまっているってこと。誰がなんて言おうと私が「幸せ」って見てしまえば幸せなんだから本当は超シンプルだと思うんだ。自分で幸せを選べばいいだけ。つまり、幸福度は自分が高いと選べば高くなる。それを他人と比べて高い位置にしようなんて思うといつになっても幸せになれない。どこまでいっても上には上がいるし、比較の上に成り立つ幸せはそれを失う不安と隣り合わせなんだ。

私は人が生きるのは幸せになるためだと思っている。人生は楽しむことと幸せを感じることだと思うから幸せを選ぶ。実は誰でも幸せを選べば幸せになれるし、他人は関係なくて自分にとっての幸せを探求するだけで良いのだ。

それじゃ今日もEnjoy yourself!